インプラントを勧められて、見積もりの金額に思わず息をのんだ。
そういう方は少なくないと思います。
元歯科医師でライターの三浦陽子です。
インプラントは基本的に自費の治療ですが、医療費控除を使えば、払ったお金の一部が税金の還付と住民税の軽減という形で戻ってきます。
この記事では、費用の中身と、控除を取りこぼさないための申告のポイントを整理します。
インプラントの費用は、なぜ「1本いくら」と言い切れないのか
公的な相場は、じつは出ていません
インプラントの費用について、国が実態を調べて公表した相場はありません。
2010年に国会議員の質問主意書に答えた政府の答弁書でも、費用の実態調査は実施したことがないとされています。
数少ない手がかりが、国民生活センターが2019年に公表したあなたの歯科インプラントは大丈夫ですかという報告です。
治療を受けた人へのアンケートでは、埋め込んだ本数は平均2.49本、治療を終えるまでにかかった費用は平均85.83万円でした。
単純に割ると1本あたり34万円ほどですが、少し前の調査で、骨の状態や本数によって大きく変わる数字だと受け止めてください。
同じ調査で、ブリッジは平均10.03万円、入れ歯は平均8.47万円です。
費用は、いくつかの項目の積み重ねです
日本口腔インプラント学会の一般向けページインプラントの費用は?では、費用の内訳を次のように分けています。
- 診査・診断(CTなどの検査)
- インプラントを埋め込む手術
- 骨が足りない場合の追加の手術(骨を増やす処置など)
- 手術に関わる処置(手術用のガイド、静脈麻酔など)
- 上部構造(インプラントの上にのせる人工の歯)
- 治療後のメンテナンス
見積もりを受け取ったら、どの項目が入っていて、どれが別料金なのかを確かめてください。
とくに骨を増やす手術と、治療後のメンテナンスの費用は、最初の説明から抜けやすいところです。
メンテナンスの大切さは長持ちするインプラントのためにでも書いています。
保険が使えるのは、ごく限られた場合だけです
インプラントに健康保険が使えるのは、腫瘍や外傷、顎の骨の病気で骨を広く失った場合や、生まれつき多くの歯や骨が欠けている場合などに限られます。
厚生労働省の令和8年度診療報酬改定の留意事項でも、歯周病や加齢による骨の吸収は除くと明記されています。
しかも、届け出をした医療機関でしか受けられません。
歯周病や年齢を重ねて歯を失った、という多くの方のケースは自費になります。
自費診療なので、医療費が高くなったときの高額療養費制度も使えません。
ブリッジや入れ歯との比べ方は、以前書いたブリッジ・入れ歯・インプラントと暮らしの相性の記事を参考にしてください。
医療費控除で、払った額の一部が戻ってきます
控除のしくみと計算のしかた
医療費控除は、1月1日から12月31日までの1年間に払った医療費が一定額を超えたとき、その超えた分を所得から差し引ける制度です。
国税庁の説明では、控除額は次の式で計算します。
(1年間に払った医療費 − 保険金などで補てんされる額)− 10万円
総所得金額等が200万円未満の方は、10万円の代わりに総所得金額等の5%を差し引きます。
控除額の上限は200万円です。
自分の分だけでなく、生計を一にする配偶者や親族のために払った医療費も合わせられます。
インプラントは控除の対象になります
日本口腔インプラント学会は、インプラント治療の費用は医療費控除の対象になると明記しています。
国税庁のタックスアンサー No.1128でも、歯の治療は一般的に支出される水準を著しく超えない部分が対象とされ、金やポーセレン(陶材)のように一般的に使われている材料なら、保険がきかなくても対象になると説明されています。
戻ってくる額の目安
戻ってくるのは、控除額そのものではなく、控除額に税率をかけた分です。
所得税の還付に加えて、翌年度の住民税(税率10%)も軽くなります。
総所得金額等が200万円以上で、保険金などの補てんがない場合の概算を表にしました。
| その年に払った医療費 | 所得税率5%の人 | 所得税率10%の人 | 所得税率20%の人 |
|---|---|---|---|
| 50万円 | 約6.0万円 | 約8.1万円 | 約12.2万円 |
| 100万円 | 約13.6万円 | 約18.2万円 | 約27.4万円 |
所得税には復興特別所得税(所得税額の2.1%)を含めています。
もともと納めている税金より多くは戻りませんので、年金暮らしなどで税金が少ない方は、表より小さくなります。
具体例で計算してみます
たとえば所得税率10%の方が、ある年にインプラント1本分として40万円を払い、通院の電車代が合計1万円、ほかに家族の歯科や内科の受診と治療のための薬代で5万円かかったとします。
合計は46万円で、10万円を引いた36万円が控除額です。
戻ってくるのは、所得税の還付が約3.7万円、翌年度の住民税の軽減が3.6万円で、合わせて7.3万円ほどになります。
インプラントの領収書だけで申告するより、家族の通院や薬代の領収書もまとめたほうが、戻る額は増えます。
1年分の領収書を、家族の分も含めて一つの封筒に集めておく習慣をつけておくと、申告のときに慌てずに済みます。
申告で損をしないためのポイント
家族の分はまとめて、払った人が申告します
医療費控除を申告できるのは、実際にその医療費を払った人です。
夫婦や親子で生計を一にしていれば、家族の医療費をまとめて一人が申告できます。
所得税率は所得が高いほど上がるので、税率の高い人が払って申告したほうが、戻る額は大きくなります。
ただ、総所得金額等が200万円未満の方は差し引く額が10万円より小さくなるため、どちらが有利かは一度両方で計算してみてください。
デンタルローンは「契約した年」の医療費です
No.1128によると、歯科ローンで払う場合は、信販会社が歯科医院に立て替えて払った年、つまりローン契約が成立した年の医療費になります。
ローンの返済が何年続いても、治療費の全額をその年に計上するということです。
ローンの金利や手数料は対象になりません。
歯科医院の領収書がない場合は、ローンの契約書などを保存しておきます。
通院の交通費も入れられます
通院のための電車やバスの運賃も、医療費に含められます。
タクシー代は、電車やバスが使えない場合を除いて対象外で、自家用車のガソリン代や駐車場代は対象になりません。
インプラントは通院の回数が多いので、通院日と運賃をメモしておくと、意外とまとまった額になります。
年をまたぐ治療は、年ごとに10万円が引かれます
手術の年と、人工の歯を入れる年が分かれることはよくあります。
その場合、それぞれの年に払った額がその年の医療費になり、10万円の差し引きも年ごとにかかります。
たとえば50万円を1年で払えば控除額は40万円ですが、25万円ずつ2年に分けると、控除額は15万円ずつで合計30万円です。
支払いの時期に融通がきくなら、見積もりの段階で歯科医院に相談してみる価値はあります。
申告の手順と、忘れていたときの対処
明細書を作り、領収書は5年間保管します
医療費控除は会社の年末調整では受けられないので、会社員の方も自分で確定申告をします。
確定申告書には「医療費控除の明細書」を添付します。
領収書そのものは提出しませんが、申告期限から5年間は自宅で保管が必要です。
マイナポータルと連携すると医療費の情報を自動で取り込めますが、取り込めるのは保険診療の分です。
自費のインプラントの費用は、領収書を見ながら手で入力することになります。
5年前の分までさかのぼって申告できます
医療費控除で税金が戻る申告は、対象の年の翌年1月1日から5年間できます。
税金を取り戻すための申告なら、例年2月中旬から始まる確定申告の期間を待たずに、1月から提出できます。
数年前にインプラントを入れて、申告を忘れていたという方も、まだ間に合うかもしれません。
領収書が残っていないか、一度探してみてください。
セルフメディケーション税制とは、どちらか一方だけ
市販薬の購入費を控除するセルフメディケーション税制は、医療費控除と同時には使えません。
セルフメディケーション税制の控除額は上限8.8万円なので、インプラントの費用を払った年は、医療費控除を選んだほうが控除額はずっと大きくなります。
まとめ
- インプラントの費用は骨の状態や本数で大きく変わり、内訳を確かめることが大切
- 保険が使えるのはごく限られた場合で、歯周病や加齢で歯を失ったケースは自費になる
- インプラントの費用は医療費控除の対象で、所得税の還付と住民税の軽減が受けられる
- デンタルローンは契約した年の医療費になり、金利と手数料は対象外
- 通院の電車・バス代も含められ、申告は5年前までさかのぼれる
臨床にいた頃、費用のお話をすると、それだけで治療をあきらめてしまう方がいらっしゃいました。
費用は大事な判断材料ですが、制度を知っているかどうかで、実際の負担は数万円から数十万円変わります。
見積もりを前に迷っている方は、金額だけで決める前に、控除を差し引いたあとの数字でもう一度考えてみてください。