朝、目が覚めたときにこめかみが重い。
肩までこわばっていて、湿布を貼っても、枕を替えても、どこかすっきりしない。

そんなとき、「まさか歯が関係しているなんて」と思われる方は少なくありません。
けれども歯科の診療室では、歯そのものの痛みより先に、あごの疲れ、頭痛、首まわりの張りを訴えて来られる方がいました。

こんにちは。
歯科医師として臨床に携わったのち、歯科医療について書いている三浦陽子です。

この記事では、肩こりや頭痛と噛み合わせの関係を、できるだけ怖がらせず、でも軽く見すぎずにお話しします。
先にお伝えしておきたいのは、「噛み合わせが悪いから全身が悪くなる」と単純には言えない、ということです。

あごの関節、噛む筋肉、歯ぎしり、くいしばり、姿勢、睡眠、ストレス。
いくつもの小さな負担が重なったとき、歯やあごの問題が頭や首の不調として顔を出すことがあります。

歯は、体の端にある小さな器官ではありません。
食べる、話す、力を入れる、眠る。
毎日の暮らしの中で、思っている以上に静かに働いています。

「噛み合わせが原因」と言う前に知っておきたいこと

噛み合わせだけで説明できる不調は多くありません

肩こりや頭痛が続くと、原因をひとつに決めたくなります。
どこか一か所を直せば全部よくなる、と考えたくなるものです。

お気持ちはよく分かります。
長く痛みが続くと、説明のつく答えがほしくなりますから。

ただ、顎関節症については、日本顎関節学会や日本歯科医師会の資料でも、原因をひとつに絞る考え方は慎重に扱われています。
昔は「噛み合わせの悪さ」が大きな原因と考えられていましたが、現在は、顎関節や筋肉の弱さ、歯ぎしり、くいしばり、生活習慣、心理的な緊張、外傷などが重なるものとして見られています。

噛み合わせは、たしかに寄与因子のひとつです。
ただし、噛み合わせだけが犯人という場面は、臨床の感覚でも多くありません。

あごは「関節」と「筋肉」で動いています

あごの関節は、耳の穴のすぐ前にあります。
口を開け閉めするとき、指を耳の前に当てると、くぼみのあたりが動くのを感じられるはずです。

この関節だけでなく、頬の咬筋、こめかみの側頭筋、首のまわりの筋肉も、食いしばりや噛む動きに関わります。
歯が直接肩を引っぱるわけではありません。
けれども、噛む筋肉が長く緊張すると、こめかみや首まわりまで重だるく感じる方がいます。

診療室でも、奥歯をかみしめながら話している方は、頬の筋肉が硬く、首まで力が入っていることがありました。
ご本人は「歯に力を入れているつもりはない」とおっしゃいます。
そこが厄介なところです。

音だけなら、あわてなくてよい場合もあります

口を開けるとカクッと音がする。
これだけで、とても心配される方がいます。

日本顎関節学会は、顎関節症の代表的な症状として、あごの痛み、口が開きにくいこと、あごを動かしたときの音を挙げています。
ただ、音だけで痛みや開口障害がない場合は、すぐ治療が必要とは限りません。

怖い病気だと決めつける前に、今困っているのが「音」なのか、「痛み」なのか、「口の開けにくさ」なのかを分けてみてください。
分けて見るだけで、少し落ち着いて判断しやすくなります。

気になる状態歯科で見るときの考え方
音だけがする痛みや開口障害がなければ経過を見ることもあります
口を開けると痛い顎関節や咀嚼筋の炎症、筋肉の痛みを調べます
口が大きく開かない関節円板のずれ、筋肉の痛み、他の病気との鑑別が必要です
朝にあごが疲れている睡眠中の歯ぎしりやくいしばりを疑います
噛み合わせが急に変わった詰め物、被せ物、あごの位置の変化を確認します

肩こりや頭痛につながりやすい歯の負担

くいしばりは、弱い力でも長く続くと負担になります

強くギリギリと歯ぎしりをしていれば、自分でも異常に気づきやすいものです。
けれども、日中のくいしばりはもっと静かです。

パソコン作業やスマートフォンを見ているとき、家事の合間に考えごとをしているときなど、日中のくいしばりは生活の隙間に入り込みます。

唇は閉じていても、上下の歯は本来、ずっと接触しているわけではありません。
安静時には、歯と歯の間に少し隙間があります。

日本歯科医師会の資料でも、弱い力であっても上下の歯を持続的に接触させると、筋肉の疲労やあご周辺の痛み、頭痛につながることがあると説明されています。
強さより、時間。
ここを見落としやすいのです。

睡眠中の歯ぎしりは、本人が気づきにくい

睡眠中の歯ぎしりは、自分で止めようと思って止められるものではありません。
ご家族から音を指摘されて初めて知る方もいますし、音が出ないくいしばりの場合は、周りも気づきません。

朝起きたときにあごが疲れている、奥歯が浮いた感じがする、こめかみが重い。
そういう訴えから、歯ぎしりやくいしばりを疑うことがあります。

日本歯科医師会は、睡眠時の歯ぎしりについて、噛み合わせの異常だけで説明できるものではなく、睡眠や中枢神経の活動、ストレス、飲酒、喫煙、睡眠呼吸の問題など、いろいろな因子が関わるとしています。
だからこそ、「歯を削れば終わり」とは考えないほうが安全です。

詰め物や被せ物のあとに違和感が出ることもあります

一方で、歯科治療のあとに噛み合わせの違和感が出ることはあります。
新しい詰め物や被せ物が少し高い、ある一点だけ強く当たる、食事のたびにそこが気になる。
こういう場合は、歯科医院で確認してもらう価値があります。

ただし、痛みが出ている最中は、あごの筋肉がこわばって噛む位置そのものが普段とずれることもあります。
その状態で大きく噛み合わせを変えると、後で合わなくなることがあります。

私はここをとても大事に考えています。
「今感じている違和感」と「本来の噛み合わせ」が、同じとは限らないからです。

自分で気づけるサイン

歯とあごに出るサイン

鏡の前で難しい検査をする必要はありません。
まずは、いつもの暮らしの中で、次のような変化がないか見てみてください。

  • 朝、あごやこめかみが疲れている
  • 奥歯が浮いたように感じる日がある
  • 頬の内側や舌の縁に歯の跡がつく
  • 歯がすり減っている、欠けやすい
  • 冷たいものがしみる歯が増えた
  • 口を大きく開けると痛む、または途中で引っかかる
  • 片側ばかりで噛んでいる

この中にいくつか思い当たるものがあっても、すぐに怖い病気だと決める必要はありません。
歯科で相談するときの手がかりになります。

頭や首に出るサイン

噛む筋肉は、こめかみや頬に広がっています。
こめかみを押すと痛い、頬のえらのあたりが硬い、朝から首の付け根が重い。
こうした感じ方が、歯やあごの負担と一緒に出ることがあります。

米国国立歯科・頭蓋顔面研究所も、顎関節症の症状として、噛む筋肉や顎関節の痛み、顔や首へ広がる痛み、歯の合い方の変化などを挙げています。
首へ広がる痛みがあるからといって、必ず歯が原因という意味ではありません。
でも、歯科の視点を一度入れてみる余地はあります。

頭痛については、片頭痛、緊張型頭痛、目の疲れ、血圧、脳神経の病気など、歯科以外の原因も多くあります。
急に経験したことのない強い頭痛が出た、手足のしびれやろれつの回りにくさがある、発熱や強い吐き気を伴う。
そのようなときは、歯科より先に医科を受診してください。

暮らしの中に出るサイン

痛みは、体だけでなく生活の形にも出ます。
たとえば、硬いものを避けるようになった、あくびが怖い、長く話すと疲れる、食事の途中で片側のあごがだるくなる。
こういう小さな変化です。

診察室で「痛いですか」と聞かれると、うまく答えられない方もいます。
けれども「最近、食べにくいものはありますか」と聞くと、「そういえばお煎餅を避けています」と話してくださることがあります。

体は、言葉より先に行動を変えることがあります。
そこを拾ってあげてください。

歯科で相談するときに伝えたいこと

痛みの場所より、時間帯が手がかりになります

歯科医院では、どこが痛いかだけでなく、いつ痛いかを伝えると診断の助けになります。
朝に強いのか、仕事中に強いのか、夕方に疲れてくると出るのか。
食事中だけなのか、何もしていなくても痛むのか。

痛みの場所は、本人の感じ方と原因の場所がずれることがあります。
あごの筋肉の痛みを歯の痛みとして感じることもありますし、歯の炎症があご全体の重さに感じられることもあります。

伝えるとよい内容を、簡単にまとめます。

歯科で伝えること役に立つ理由
痛みが出る時間帯睡眠中の歯ぎしりや日中のくいしばりを考える手がかりになります
最近受けた歯科治療詰め物や被せ物の高さを確認できます
朝のあごの疲れ睡眠時の負担を疑う材料になります
口の開きにくさ顎関節症や他の病気との鑑別に関わります
頭痛や首の痛みの出方歯科だけでなく医科との連携を考えやすくなります
服薬中の薬や持病痛みの感じ方、睡眠、筋緊張に関わることがあります

検査は「歯だけ」を見るものではありません

顎関節症が疑われる場合、歯科では問診に加えて、口の開き方、あごの動き、筋肉の痛み、関節の音、歯のすり減り、被せ物の状態などを見ます。
必要に応じてエックス線、歯科用の画像検査、磁気を使った画像検査を検討することもあります。

日本顎関節学会は、顎関節症の診断では、同じような症状を出す他の病気を除いて考えると説明しています。
親知らずの炎症、むし歯、歯周病、耳鼻科や整形外科領域の病気が隠れていることもあるからです。

「噛み合わせですね」と一言で終わるより、どの可能性を見て、どれを除外したのか。
そこまで説明してくれる歯科医院だと、患者さんも落ち着いて治療を選べます。

歯を削る前に、一呼吸置いてください

噛み合わせを整えるために歯を削る、被せ物を作り替える、矯正で歯の位置を変える。
こうした治療は、元に戻せない部分があります。

日本歯科医師会の顎関節症に関する資料では、発症初期に噛み合わせを良くする目的で歯を削る、被せ物をする、歯列矯正をするような不可逆的治療は避けるべきだと説明されています。
日本顎関節学会の一般向け資料でも、発症早期には噛み合わせ治療を行わない考え方が示されています。

これは、噛み合わせ治療がすべて悪いという意味ではありません。
必要な場面はあります。
ただ、肩こりや頭痛まであるからといって、すぐ歯を削るところから始めるのは慎重でありたいのです。

家でできる負担の減らし方

「歯を離す」を思い出すだけでも変わります

日中のくいしばりに気づくために、いちばん簡単なのは、上下の歯が触れていないかを時々確かめることです。
唇は軽く閉じ、舌は上あごにそっと置き、奥歯は離します。

この形を、無理に長時間保とうとしなくてかまいません。
気づいたときに、ふっと力を抜く。
それだけで、噛む筋肉に休む時間ができます。

机の端、洗面所、スマートフォンの待ち受けなど、目に入る場所に小さな印をつけておく方もいました。
その印を見たら、歯を離す。
あまり立派な方法でなくていいのです。
続く形が、その方に合った形です。

急性期は、あごを休ませます

痛みが強い時期に、硬いものをしっかり噛む、長く話す、大きなあくびをする。
これらは、痛んでいる関節や筋肉にさらに負担をかけることがあります。

数日は、食べ物を小さく切る、硬いものや長く噛むものを避ける、ガムを控える。
あくびのときは、あごが大きく開きすぎないよう手で軽く支える。
古風な言い方になりますが、まずは養生です。

痛みが落ち着いてからの温め、マッサージ、運動療法は役に立つ場合があります。
ただし、強く揉めば早く治るわけではありません。
痛みが増すほど押すのは、私はおすすめしません。

マウスピースは「守る道具」として考えます

睡眠中の歯ぎしりやくいしばりが疑われる場合、歯科医院でマウスピースやスプリントを作ることがあります。
目的は、歯を守り、顎関節や筋肉への負担を和らげることです。

合わない市販品を長く使うと、かえって痛みや噛み合わせの違和感が出ることがあります。
使っていて痛くなる、朝に噛み合わせが変に感じる、装置が強く当たる。
そのときは我慢せず、作った歯科医院に相談してください。

マウスピースは万能薬ではありません。
でも、歯のすり減りや詰め物の破折を防ぐ助けになることはあります。
「治す道具」というより、「守りながら負担を見える化する道具」と捉えると、期待しすぎずに使えます。

受診の目安と、受診先の選び方

一週間以上続く痛みは、歯科で相談を

日本歯科医師会の資料では、口を大きく開け閉めしたときの痛みが一週間以上続く場合、歯科医院の受診が勧められています。
食事や会話に困るほどの痛み、口が開かない感じがある場合も、早めに相談してください。

近くの歯科医院でかまいません。
必要があれば、歯科口腔外科や顎関節症を扱う専門医、大学病院へ紹介してもらえます。

歯科にかかるときは、「肩こりと頭痛があります」だけでなく、「朝に強いです」「仕事中に歯が触れている気がします」「先月、奥歯に被せ物を入れました」のように、場面を添えて伝えると話が進みやすくなります。

医科を先に考えたほうがよい頭痛もあります

頭痛の中には、歯科ではなく医科で急いで診てもらうべきものがあります。
突然の激しい頭痛、片側の手足の動かしにくさ、ろれつの回りにくさ、意識がぼんやりする、発熱を伴う強い頭痛。
こうした症状があるときは、歯や噛み合わせのせいにせず、すぐ医療機関を受診してください。

中高年になると、血圧、睡眠、目の疲れ、首の変形、薬の影響など、頭痛や肩こりに関わる要素も増えます。
歯科だけで抱え込まないこと。
これも大切な判断です。

説明に納得できないときは、別の意見を聞いてもよい

「この歯を削れば頭痛が治る」
「全部の被せ物を替えないと肩こりは取れない」
そう言われたら、すぐ決めずに少し時間を置いてください。

もちろん、噛み合わせの治療が必要なケースはあります。
ただ、元に戻せない処置ほど、診断の根拠、治療の順番、費用、リスクを聞いてからで遅くありません。

聞きづらいと思う方もいます。
でも、ご自分の歯です。
一度削った歯は、元の歯には戻りません。

まとめ

肩こりや頭痛の奥に、歯ぎしり、くいしばり、あごの筋肉の疲労、噛み合わせの変化が隠れていることはあります。
特に、朝のあごの疲れ、こめかみの重さ、奥歯の違和感、頬の内側の歯型、口の開けにくさがある方は、歯科で一度相談してみる価値があります。

ただし、「噛み合わせが悪いから全身が悪くなる」とひとまとめにしないでください。
顎関節症や歯ぎしりは、噛み合わせだけでなく、筋肉、関節、睡眠、緊張、生活習慣が重なって起こります。

最初にできることは、歯を削ることではありません。
上下の歯が触れていないか気づくこと、あごを休ませること、痛みが続くなら歯科で診てもらうこと。
そして、必要なら医科ともつながることです。

歯は心の鏡、と私は思っています。
不安や緊張が、知らないうちに奥歯に集まることがあるからです。

どうか、ご自分の痛みを「気のせい」で片づけないでください。
けれども、怖がりすぎて、急いで歯を削る方向へ走らないでください。

体の声を、ひとつずつ聞き分けていく。
歯科ができるのは、その手がかりを一緒に探すことです。