「この歯は、もう抜くしかありませんね」
歯科医師からそう告げられた瞬間、頭が真っ白になった経験はありませんか。
診察台に横たわったまま、何と返事をしたらいいのかわからない。
帰り道、ずっとその言葉が頭のなかを回り続ける。
そういう方を、私はたくさん見てきました。
はじめまして、三浦陽子と申します。
東京医科歯科大学の歯学部を卒業し、12年間ほど歯科医師として臨床の現場に立っていました。
現在はフリーライターとして、歯や口腔ケアに関する情報を発信しています。
臨床にいた頃、患者さんからこんな相談をよく受けました。
「別の歯医者さんで抜歯と言われたんですが、本当に抜くしかないんでしょうか」と。
結論から言えば、「抜くしかない」と言われた歯が、別の歯科医師の判断で残せたケースは珍しくありません。
一方で、どの歯科医師に診てもらっても「抜歯が最善」という結論に至るケースも、もちろんあります。
大切なのは、納得しないまま抜歯に踏み切らないこと。
この記事では、「セカンドオピニオン」という選択肢について、元歯科医師の視点からお伝えしていきます。
セカンドオピニオンとは何か
「別の歯科医師に意見を聞く」というシンプルな行為
セカンドオピニオンとは、現在の主治医とは別の歯科医師に、診断や治療方針について意見を求めることです。
よく誤解されますが、セカンドオピニオンは「転院」ではありません。
今の先生を見限るとか、信頼していないとか、そういう話ではないのです。
あくまで「もうひとつの視点」をもらう行為であり、最終的にどちらの意見を採るかは患者さん自身が決めます。
厚生労働省もインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)の重要性を示しており、患者が治療について十分な情報を得たうえで判断する権利は、医療の大前提として位置づけられています。
セカンドオピニオンは、その権利を実現するための具体的な手段のひとつです。
医科では当たり前、歯科ではまだ浸透途上
がんの治療や心臓の手術など、医科の領域ではセカンドオピニオンがかなり普及しています。
「別の先生にも意見を聞いてきます」と言って嫌な顔をする医師は、今ではほとんどいません。
ところが歯科の世界では、まだ少し事情が違います。
「先生に失礼じゃないかな」「嫌がられるんじゃないか」と遠慮してしまう患者さんが多いのが現状です。
でも、考えてみてください。
歯は一度抜いてしまったら、二度と元には戻りません。
入れ歯やインプラントで補うことはできても、自分の歯そのものは失われたままです。
それほど不可逆な判断を前にしているのですから、もうひとつ別の意見を聞くことに遠慮はいりません。
むしろ、慎重であることは当然のことです。
なぜ同じ歯なのに「抜く」「残せる」と判断が分かれるのか
歯科医師の専門分野と得意領域の違い
同じ歯を診ても、「抜いたほうがいい」と言う歯科医師と、「残せる可能性がある」と言う歯科医師がいます。
これは、どちらかが間違っているという単純な話ではありません。
歯科医療にはさまざまな専門領域があります。
一般歯科、歯周病、根管治療(歯の根の治療)、口腔外科、矯正、補綴(被せ物や入れ歯)など、ひとくちに「歯科」と言っても守備範囲は広いのです。
たとえば、根管治療を専門的に行っている歯科医師であれば、一般歯科では対応が難しいと判断された複雑な根管でも、精密な技術で保存できることがあります。
使っている設備にも差があり、マイクロスコープ(歯科用顕微鏡)を備えた医院とそうでない医院では、そもそも「見えるもの」が違ってきます。
治療の「引き出し」の数が判断を左右する
歯科医師の判断には、その先生が持つ治療の選択肢、いわば「引き出し」の多さが反映されます。
根管治療の再治療に対応できる先生であれば、「もう一度やり直してみましょう」と提案できます。
歯根端切除術(歯根の先を外科的に切除する処置)に習熟していれば、それを選択肢に加えられます。
エクストルージョン(歯根を引き上げる矯正処置)ができる先生なら、「歯冠がほぼないけれど根は使える」と判断できる場合もあります。
つまり、ある先生のもとでは「抜くしかない」という結論だったとしても、別の先生のもとでは「この方法なら残せるかもしれない」という判断になることは十分にあり得るのです。
だからこそ、セカンドオピニオンに意味があります。
「抜歯」の前に検討される歯を残す治療法
抜歯を回避するために、どのような治療法が存在するのか。
代表的なものを3つ紹介します。
精密根管治療(マイクロスコープを使った再治療)
根管治療とは、歯の内部にある神経や血管(歯髄)が感染した際に、それを取り除いて内部を清掃・消毒し、歯を保存する治療です。
過去に根管治療を受けた歯でも、内部に細菌が残っていたり、複雑な根管の形態を十分に清掃できていなかった場合、再び感染を起こすことがあります。
こうしたケースで「もう抜歯しかない」と言われることがありますが、精密根管治療によって保存できる可能性があります。
精密根管治療の特徴を整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| マイクロスコープ | 肉眼の最大20倍以上に拡大し、微細な根管や破折線を確認できる |
| ラバーダム防湿 | 治療中の歯を唾液から隔離し、細菌の再侵入を防ぐ |
| ニッケルチタンファイル | 柔軟性のある器具で、湾曲した根管にも追従しやすい |
| CT撮影 | 根管の三次元的な形態を事前に把握できる |
ただし、精密根管治療は自費診療となるケースが多く、1本あたり数万円〜十数万円の費用がかかります。
保険診療と自費診療のどちらを選ぶかは、歯の状態や患者さんの希望を踏まえて判断することになります。
歯根端切除術
根管治療を行っても根の先端に病巣(根尖病巣)が残り、症状が改善しない場合に検討されるのが、歯根端切除術です。
歯茎を切開して、歯根の先端部分を数ミリ切除し、病巣ごと取り除く外科的な処置です。
条件が良ければ成功率は約80〜90%とされており、これによって歯を保存したまま長期間使い続けられるケースも多くあります。
近年は、マイクロスコープ下で行う「マイクロサージェリー」が主流になりつつあり、従来の歯根端切除術と比べて成功率が向上しています。
すべての歯に適応できるわけではなく、歯根の位置や長さ、周囲の骨の状態などによって適否が変わります。
それでも、「根管治療がうまくいかなかったから抜歯」という結論が出る前に、検討する価値のある治療法です。
エクストルージョンと歯冠延長術
歯の頭(歯冠)の部分がほとんど失われてしまった場合、「被せ物をかける土台がないから抜歯するしかない」と言われることがあります。
そんなとき、歯根がある程度残っていれば選択肢になるのがエクストルージョンと歯冠延長術です。
- エクストルージョン:歯根に矯正力をかけて、歯茎の中に埋まっている歯根をゆっくり引き上げる方法。歯の1/3程度が残っていれば適応の可能性がある
- 歯冠延長術:歯茎や骨を外科的に整え、歯根を歯茎の上に露出させる方法。被せ物をかけるための十分な歯質を確保する
いずれも「歯根を活かして歯を残す」ための処置です。
歯の状態によって向き不向きがあるため、専門的な診査が必要になりますが、抜歯以外の道があるかもしれないと知っておくだけでも、気持ちの余裕は変わってきます。
セカンドオピニオンの具体的な受け方
「セカンドオピニオンを受けてみよう」と思っても、具体的にどう動けばいいのかがわからない方は多いです。
ここでは実際の流れを整理します。
受診までの流れ
セカンドオピニオンを受けるまでのステップは、おおむね以下のとおりです。
- 主治医にセカンドオピニオンを受けたい旨を伝える
- 紹介状(診療情報提供書)やレントゲン写真、検査結果を受け取る
- セカンドオピニオン先の歯科医院を選んで予約する
- 聞きたいこと・不安なことをメモにまとめておく
- 当日、資料を持参して相談する
- 両方の意見を比較し、自分で治療方針を決める
「主治医に言いづらい」と感じる方もいますが、心配はいりません。
セカンドオピニオンに協力することは、今や歯科医師にとっても一般的な対応です。
紹介状を書くことを渋る先生は少数派ですし、仮にそうだとしても、それ自体がひとつの判断材料になります。
なお、主治医に伝えずに別の歯科を受診することも可能です。
その場合は「セカンドオピニオン」ではなく通常の初診扱いとなり、改めて検査を受けることになります。
費用の目安
セカンドオピニオンにかかる費用は、受け方によって異なります。
| 受診パターン | 費用目安 | 保険適用 |
|---|---|---|
| 紹介状を持って正式なセカンドオピニオンを受ける | 5,000〜20,000円程度 | 適用外(全額自費) |
| 大学病院のセカンドオピニオン外来を利用する | 30,000〜44,000円程度 | 適用外(全額自費) |
| 主治医に伝えず別の歯科を初診で受診する | 初診料+検査費で3,000〜5,000円程度 | 適用あり(3割負担) |
東京科学大学病院のセカンドオピニオン外来では、約1時間の相談で44,000円(税込)という設定になっています。
大学病院は複数の専門家が関わるため費用は高めですが、より専門性の高い意見を得ることができます。
「費用がもったいない」と感じる方もいるかもしれません。
けれど、一度抜いた歯を補うためにインプラントを入れれば、1本あたり30万〜50万円ほどかかります。
歯を残せる可能性を探るための数千円〜数万円は、長い目で見れば決して高い出費ではないはずです。
相談時に伝えるべきこと・聞くべきこと
セカンドオピニオンの場では、限られた時間で的確なやりとりをする必要があります。
事前にメモを用意しておくと安心です。
伝えるべきことは、主に以下の3点です。
- 現在の主治医からどのような診断を受けたか
- どの歯が対象で、なぜ抜歯が必要と言われたのか
- 自分はどうしたいと思っているか(歯を残したい、治療の選択肢を知りたい、など)
そのうえで、聞いておきたい質問の例を挙げます。
- この歯を残せる可能性はありますか
- 残す場合、どのような治療法がありますか
- 治療のリスクや成功率はどのくらいですか
- 費用と期間の目安を教えてください
- もし先生が同じ状況なら、どう判断されますか
最後の質問は少し踏み込んだ聞き方ですが、歯科医師の率直な考えを引き出すのに有効です。
私が臨床にいた頃も、患者さんからこう聞かれると、より本音に近い回答をしていた記憶があります。
セカンドオピニオンのメリットとデメリット
納得して治療に臨めることが最大の価値
徳真会グループの解説でも述べられていますが、セカンドオピニオンの一番のメリットは、自分自身が納得したうえで治療を受けられることです。
「本当にこの治療でいいのだろうか」というモヤモヤを抱えたまま抜歯に臨むのと、複数の歯科医師の意見を聞いたうえで覚悟を決めて臨むのとでは、治療への向き合い方がまるで違います。
それ以外のメリットも含めて整理すると、次のようになります。
- 複数の専門家の視点から客観的な意見を得られる
- 主治医だけでは気づけなかった治療の選択肢が見つかることがある
- 主治医と同じ診断であれば、その方針が適切であるという確認になる
- 自分の歯の状態について理解が深まる
特に3つ目は見落とされがちですが、セカンドオピニオンの結果「やはり抜歯がベスト」と確認できたなら、それはそれで大きな収穫です。
迷いが消えた状態で治療に進めるのですから。
知っておきたい注意点
一方で、知っておくべき注意点もあります。
まず費用の問題です。
セカンドオピニオンは基本的に自費診療のため、相応の出費が伴います。
複数の医院を回ればその分だけ費用もかさみます。
また、セカンドオピニオン先の歯科医師の選び方にも注意が必要です。
たとえば根管治療について相談したいのに、その分野を専門としていない歯科医師に聞いても、得られる情報は限られます。
相談したい治療分野に強い医院を選ぶことが大切です。
もうひとつ。セカンドオピニオンを「自分に都合のよい答えを探す旅」にしないことです。
何軒も回って「残せます」と言ってくれる先生を探し続けるのは、かえって治療の時機を逃すリスクがあります。
信頼できる2〜3人の歯科医師の意見を聞いて判断する、というのが現実的な落としどころです。
それでも「抜歯が最善」と言われたら
抜歯が本当に必要なケースもある
セカンドオピニオンを受けた結果、やはり抜歯が最善という結論に至ることもあります。
そして、それは決して珍しいことではありません。
以下のようなケースでは、無理に歯を残そうとするとかえって周囲の歯や骨に悪影響を及ぼすことがあり、抜歯が合理的な判断となります。
- 歯根が縦方向に大きく割れている(歯根破折)
- 重度の歯周病で、歯を支える骨がほとんど失われている
- 歯根の大部分が吸収されており、土台として機能しない
- 感染が進行し、隣接する歯や顎の骨にまで炎症が広がっている
「歯を残したい」という気持ちは、誰しも持っているものです。
私も臨床時代、可能な限り歯を残す方針で治療をしてきました。
ただ、残すことに固執するあまり、結果的に被害を広げてしまうケースも見てきました。
抜歯は「最後の手段」ではありますが、「最善の手段」になることもあるのです。
抜歯後の選択肢を前向きに考える
万が一抜歯となった場合も、そこで終わりではありません。
失った歯を補う方法は複数あります。
| 補綴方法 | 特徴 | 費用目安 |
|---|---|---|
| インプラント | 人工の歯根を顎骨に埋入。見た目・噛み心地が自然に近い | 30〜50万円/本 |
| ブリッジ | 隣の歯を支台にして橋渡し。保険適用可能な場合もある | 保険:約1〜3万円、自費:5〜15万円 |
| 入れ歯(部分義歯) | 取り外し式。適応範囲が広い | 保険:約5,000〜15,000円、自費:10〜50万円 |
どの方法が適しているかは、抜歯した部位や残っている歯の状態、噛み合わせ、患者さんの生活習慣によって異なります。
主治医と相談しながら、焦らず決めていけば大丈夫です。
抜歯したあとの歯の補い方についても、セカンドオピニオンを活用できることを覚えておいてください。
まとめ
「歯を抜くしかない」と告げられたとき、すぐに「わかりました」と言える人は多くありません。
動揺するのは当然ですし、受け入れがたいと思うのも自然なことです。
セカンドオピニオンは、主治医を疑うための行為ではありません。
自分の歯のことを、自分が納得したうえで決めるための行為です。
別の歯科医師に意見を聞いた結果、歯を残せる方法が見つかるかもしれません。
あるいは、やはり抜歯がベストだと確認できるかもしれません。
どちらの結果であっても、「自分で調べて、考えて、決めた」という事実は、治療を乗り越える力になります。
歯は心の鏡だと、私はずっと思っています。
痛みの奥にある不安を受け止めること、それが情報を届ける者としての私の役割です。
この記事が、あなたの「次の一歩」を踏み出すきっかけになれば幸いです。