はじめまして。元歯科医師で、現在はライターとして活動しております三浦陽子と申します。
「最近、口の中がネバネバする…」「しっかり歯磨きしているはずなのに、口臭が気になる…」「もしかして、歯周病のサイン?」
年齢を重ねるにつれて、このようなお口の悩みを感じる方は少なくありません。かつてクリニックで多くの患者さまと向き合ってきた経験から、その不安なお気持ちは痛いほどよく分かります。
実は、こうした悩みの多くは、お口の中に棲む「細菌のバランス」の乱れが原因かもしれません。そして、そのバランスを整える鍵が、私たちの食生活に身近な「発酵食品」にあるとしたら、少し興味が湧いてきませんか?
この記事では、歯科医師としての知識と経験をもとに、以下の点について、専門用語を避けながら、できるだけ分かりやすく丁寧にご説明してまいります。
- お口の健康を左右する「口腔内フローラ」の仕組み
- 発酵食品が口内環境に良い影響を与える理由
- お口の善玉菌を育てる具体的な発酵食品と、その効果的な摂り方
- 食生活で気をつけるべきポイント
この記事を読み終える頃には、日々の食事を少し意識するだけで、お口の健康を守り、育てる方法をご理解いただけるはずです。どうぞ、最後までお付き合いください。
なぜ今、お口の「菌活」が注目されるのか?
最近、「腸活」という言葉をよく耳にしますが、実はお口の中にも腸内と同じように、多種多様な細菌が暮らす「お口のフローラ(口腔内フローラ)」が存在します。 ここでは、まずお口の健康の土台となる、この細菌たちの世界についてご説明します。
口腔内フローラとは?善玉菌・悪玉菌・日-見菌の絶妙なバランス
私たちの口の中には、実に700種類以上、1000億個以上もの細菌が生息していると言われています。 これらの細菌は、大きく3つのグループに分けられます。
- 善玉菌:口内環境を健康に保つ働きをする、いわば「正義の味方」です。悪玉菌の増殖を抑えたり、外部からの病原菌の侵入を防いだりする役割を担っています。
- 悪玉菌:虫歯の原因となるミュータンス菌や、歯周病を引き起こすジンジバリス菌などが代表格です。 増えすぎると、お口のトラブルを招きます。
- 日和見菌(ひよりみきん):口腔内細菌の大部分を占める菌で、善玉菌と悪玉菌のうち、優勢な方の味方をします。 まさに「日和見」な存在です。
健康な口内環境は、これら3つの菌が絶妙なバランスを保つことで成り立っています。理想的な比率は「善玉菌2:日和見菌7:悪玉菌1」と言われています。
バランスが崩れるとどうなる?虫歯や歯周病、口臭の原因に
何らかの原因で悪玉菌が増え、このバランスが崩れると、日和見菌が悪玉菌に加勢し始め、口内環境は一気に悪化します。
- 虫歯:悪玉菌であるミュータンス菌が、糖を分解して酸を作り出し、歯を溶かしてしまいます。
- 歯周病:歯周病菌(ジンジバリス菌など)が増殖し、歯ぐきに炎症を起こします。進行すると歯を支える骨を溶かし、最終的には歯が抜け落ちてしまう怖い病気です。
- 口臭:悪玉菌が食べカスや剥がれた粘膜のタンパク質を分解する際に、不快な臭いのガス(硫化水素など)を発生させます。
このように、お口のトラブルの多くは、口腔内フローラのバランスの乱れ、つまり悪玉菌の増加によって引き起こされるのです。
腸だけじゃない!お口の健康も「菌」が鍵を握る理由
お口は、消化器官の入り口です。口腔内の細菌バランスが崩れると、悪玉菌が食べ物や唾液と一緒に体内へ入り込み、腸内環境にまで影響を及ぼす可能性があります。
また、歯周病菌が歯ぐきの血管から体内に入り込み、全身のさまざまな病気のリスクを高めることも近年の研究で明らかになっています。
つまり、お口の「菌活」は、お口の健康を守るだけでなく、全身の健康を維持するためにも非常に重要だと言えるのです。
口内環境を整える「発酵食品」のすごい力
では、どうすればお口の善玉菌を増やし、理想的な口腔内フローラを保つことができるのでしょうか。そこで注目したいのが、ヨーグルトや納豆、味噌といった「発酵食品」です。
善玉菌を直接補給する「プロバイオティクス」としての役割
発酵食品には、乳酸菌や納豆菌といった、私たちの体に良い働きをする微生物(善玉菌)が豊富に含まれています。 このように、生きたまま腸に届き、体に有益な効果をもたらす微生物や、それらを含む食品のことを「プロバイオティクス」と呼びます。
ヨーグルトやキムチなどを食べることで、善玉菌を直接お口の中に補給し、悪玉菌が優勢になるのを防ぐ効果が期待できるのです。
発酵食品に含まれる菌がもたらす3つの嬉しい効果
発酵食品に含まれる善玉菌は、お口の中で具体的にどのような働きをしてくれるのでしょうか。主な効果を3つご紹介します。
効果1:虫歯菌や歯周病菌の活動を抑える
ヨーグルトなどに含まれる特定の乳酸菌には、虫歯菌(ミュータンス菌)や歯周病菌の増殖を抑制する働きがあることが、多くの研究で報告されています。 例えば、広島大学の二川浩樹教授が発見した「L8020乳酸菌」は、健康な子どもの口の中から発見された乳酸菌で、虫歯菌や歯周病菌を効果的に減少させることが確認されています。
また、同じく注目されている「ロイテリ菌」も、虫歯菌や歯周病菌を減らす効果が報告されており、バクテリアセラピー(菌質管理)として歯科医院で取り入れられているケースもあります。
効果2:口内のネバつきや口臭を軽減する
口内のネバつきや口臭は、悪玉菌が増殖しているサインの一つです。 発酵食品によって善玉菌が優位な環境になると、悪玉菌の活動が抑制され、不快なネバつきや口臭の原因となるガスの発生が抑えられます。
効果3:唾液の質を高め、自浄作用をサポートする
唾液には、食べカスを洗い流したり、細菌の増殖を抑えたり、酸性に傾いた口内を中和したりと、お口の健康を守るための大切な役割(自浄作用)があります。
発酵食品を摂ることは、直接的に唾液の量を増やすわけではありませんが、口腔内フローラのバランスを整えることで、唾液が持つ本来の抗菌作用などが働きやすい環境を作る手助けをしてくれます。
お口の善玉菌を育てる!今日から始めたい発酵食品リスト
それでは、具体的どのような発酵食品がお口のケアにおすすめなのでしょうか。身近な食品を中心に、その特徴と選び方のポイントをご紹介します。
【代表格】ヨーグルト・チーズなどの乳製品
発酵食品の中でも、特に手軽に取り入れやすいのがヨーグルトやチーズです。
菌種に注目!お口のケアにおすすめの乳酸菌とは?
ヨーグルトを選ぶ際は、ぜひパッケージに記載されている「乳酸菌の種類」に注目してみてください。先ほどもご紹介したように、お口の健康のためには、特に以下のような菌種がおすすめです。
| 乳酸菌の種類 | 特徴 |
|---|---|
| L8020乳酸菌 | 広島大学で発見された、虫歯菌や歯周病菌の発育を阻止する効果が確認されている乳酸菌。「80歳で20本の歯を保ってほしい」という願いを込めて名付けられました。 |
| ロイテリ菌 | もともとヒトの母乳に含まれる乳酸菌。虫歯菌や歯周病菌を減らすだけでなく、口臭の改善や腸内環境を整える効果も報告されています。 |
これらの菌を含むヨーグルトやタブレットなども市販されていますので、探してみるのも良いでしょう。
選び方のポイントと注意点(無糖タイプを選ぶ)
ヨーグルトを選ぶ際に最も注意していただきたいのが「糖分」です。甘いタイプのヨーグルトは、せっかく善玉菌を補給しても、同時に悪玉菌のエサとなる糖分を大量に摂取することになり、かえって虫歯のリスクを高めてしまう可能性があります。
必ず「無糖」や「プレーン」タイプのヨーグルトを選ぶように心がけましょう。
【日本の伝統】納豆・味噌などの大豆発酵食品
日本の食卓に欠かせない納豆や味噌も、お口の健康を支える強い味方です。
納豆菌のパワーとネバネバ成分の秘密
納豆に含まれる「納豆菌」は、乳酸菌などの善玉菌を増やす働きがあります。 また、納豆菌が作り出す「デキストラナーゼ」という酵素は、虫歯菌が作り出すネバネバした歯垢(プラーク)の元を分解し、歯に汚れが付きにくくする効果が期待できます。
さらに、納豆には骨の形成を助ける「ビタミンK」も豊富に含まれており、歯を支える顎の骨を丈夫に保つ上でも役立ちます。
味噌汁で手軽に菌活!ただし塩分には配慮を
味噌もまた、麹菌や乳酸菌を含む優れた発酵食品です。毎日の食事に味噌汁を取り入れることで、手軽に善玉菌を摂取できます。ただし、味噌には塩分が多く含まれているため、摂りすぎには注意が必要です。具だくさんにして汁の量を減らすなど、工夫すると良いでしょう。
【その他】キムチ、ぬか漬けなどの植物性乳酸菌
キムチやぬか漬けなどに含まれる「植物性乳酸菌」もおすすめです。植物性乳酸菌は、ヨーグルトなどに含まれる動物性乳酸菌に比べて、胃酸などの過酷な環境にも強く、生きて腸まで届きやすいという特徴があります。
効果を最大化する!発酵食品の賢い摂り方と食生活のコツ
せっかく発酵食品を摂るなら、その効果を最大限に引き出したいものです。ここでは、より効果的な食べ方や、普段の食生活で意識したいポイントをご紹介します。
組み合わせが重要!善玉菌のエサになる「プレバイオティクス」も一緒に
お口に定着した善玉菌をさらに元気にするためには、善玉菌のエサとなる食品を一緒に摂ることが効果的です。この善玉菌のエサとなる成分を「プレバイオティクス」と呼び、主に食物繊維やオリゴ糖がこれにあたります。
プロバイオティクス(善玉菌そのもの)とプレバイオティクス(善玉菌のエサ)を一緒に摂ることを「シンバイオティクス」と呼び、より高い効果が期待できます。
▼発酵食品と相性の良い食材の組み合わせ例
| 発酵食品(プロバイオティクス) | + | 相性の良い食材(プレバイオティクス) |
| :— | :-: | :— |
| 無糖ヨーグルト | + | きな粉、バナナ、オリゴ糖 |
| 納豆 | + | めかぶ、オクラ(水溶性食物繊維) |
| 味噌汁 | + | わかめ、きのこ類、ごぼう(食物繊維) |
食べるタイミングはいつが良い?食後の新習慣
発酵食品を摂るタイミングとしておすすめなのが「食後」です。特に、歯磨きをした後に無糖ヨーグルトなどを食べることで、お口の中が綺麗になった状態で善玉菌を補給でき、定着しやすくなります。 夜寝る前の新習慣として取り入れてみてはいかがでしょうか。
よく噛むことを意識して、唾液の分泌を促そう
食事の際は、よく噛むことを意識しましょう。よく噛むことで唾液の分泌が促され、お口の自浄作用が高まります。 唾液は天然の洗浄剤であり、抗菌作用も持つため、善玉菌が働きやすい環境を整える上で非常に重要です。
注意!菌活のつもりが逆効果?気をつけるべき食品
良かれと思って摂っているものが、実はお口の環境を悪化させているケースもあります。
- 糖分の多い発酵食品:甘酒、飲むヨーグルト、果物入りのヨーグルトなどは糖分が多く含まれているため、悪玉菌のエサになりやすいです。成分表示を確認する習慣をつけましょう。
- 酸性の強い食品:お酢やキムチ、柑橘類などは酸性度が高く、過剰に摂取すると歯のエナメル質を溶かす「酸蝕症(さんしょくしょう)」のリスクがあります。 食べた後は、水で口をすすぐなどのケアを心がけましょう。
発酵食品は万能薬ではない!忘れてはならない基本のケア
ここまで発酵食品の力についてお話ししてきましたが、一つだけ、とても大切なことをお伝えしなければなりません。それは、発酵食品を食べるだけでは、虫歯や歯周病は防げないということです。
あくまで基本は「毎日の丁寧な歯磨き」
お口の健康の土台は、何と言っても毎日のセルフケアです。歯の表面に付着した歯垢(プラーク)は、細菌の塊です。この歯垢は、歯ブラシなどで物理的にこすり落とさなければ除去できません。
- 歯ブラシで歯の表面や歯と歯ぐきの境目を丁寧に磨く。
- デンタルフロスや歯間ブラシで、歯ブラシの届かない歯と歯の間を清掃する。
この基本的なケアを毎日続けることが、口腔内フローラを良好に保つための大前提となります。
「おかしいな」と思ったら、必ず歯科医院へ
セルフケアや食生活の改善を頑張っていても、一度進行してしまった虫歯や歯周病は、自然に治ることはありません。
- 歯がしみる
- 歯ぐきから血が出る
- 歯ぐきが腫れている
- 口臭が続く
このような症状に気づいたら、自己判断で放置せず、必ずかかりつけの歯科医院を受診してください。また、特に症状がなくても、定期的にプロの目でチェックしてもらい、専門的なクリーニングを受けることが、お口の健康を長く維持するためには不可欠です。
まとめ
今回は、発酵食品の力でお口の善玉菌を育て、口内環境を整える方法についてお話ししました。
- お口の中には善玉菌・悪玉菌・日和見菌が共存しており、そのバランスが健康の鍵を握っている。
- 発酵食品に含まれる善玉菌(プロバイオティクス)は、悪玉菌の活動を抑え、口内環境を整える助けとなる。
- ヨーグルトや納豆、味噌などの発酵食品を、食物繊維など(プレバイオティクス)と一緒に摂ることで、より効果が高まる。
- ただし、発酵食品は万能ではなく、毎日の丁寧な歯磨きと、定期的な歯科検診が最も重要である。
お口の健康は、全身の健康につながる大切な入り口です。今日からできる「お口の菌活」を、ぜひ日々の食生活に取り入れてみてください。毎日の小さな積み重ねが、10年後、20年後のあなたの健康な笑顔を支える大きな力となるはずです。
この記事が、あなたの歯の不安を少しでも和らげ、健やかな毎日を送るための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。