こんにちは。元歯科医師で、現在はライターとして活動している三浦陽子です。

冷たい水を飲んだ瞬間、アイスクリームを口にした時、あるいは歯磨きの最中に、歯に「キーン」と走る鋭い痛み。
多くの方が経験したことのあるこの不快な症状が「知覚過敏」です。

「体質だから仕方ない」「いつものことだから」と、あきらめてしまってはいないでしょうか。
クリニックに勤務していた頃、この知覚過敏の症状に長年悩まされている患者さんに数多くお会いしました。その痛みは、食事の楽しみを奪い、日々の生活の質を大きく下げてしまうこともあります。

実は、知覚過敏の症状は、毎日の食事と深く関わっています。
この記事では、知覚過敏を悪化させないために食事で気をつけたいこと、そして症状を和らげるための食習慣やセルフケアについて、私の臨床経験も交えながら、できるだけ分かりやすくお話ししていきます。
あなたの歯の悩みに、少しでも光が差すきっかけになれば幸いです。

そもそも「知覚過敏」とは?痛みが起こるメカニズム

まず、なぜあの「キーン」とする痛みが起こるのか、その仕組みからご説明しますね。
知覚過敏は、正式には「象牙質知覚過敏症」と呼ばれます。この名前の通り、歯の内部にある「象牙質(ぞうげしつ)」が露出してしまうことが、痛みの直接的な原因です。

歯の構造と「象牙質」の役割

私たちの歯は、いくつかの層でできています。

  • エナメル質: 歯の一番外側を覆う、体の中で最も硬い組織です。歯の内部を刺激から守る鎧のような役割をしています。
  • 象牙質: エナメル質の内側にある、歯の大部分を構成する組織です。象牙質には「象牙細管(ぞうげさいかん)」と呼ばれる無数の細い管が通っており、この管は歯の中心部にある神経(歯髄)につながっています。
  • 歯髄(しずい): 歯の神経や血管が集まっている、歯の核心部です。

健康な歯では、エナメル質と歯ぐきによって象牙質がしっかりと保護されています。
しかし、何らかの原因でこの保護が失われ、象牙質が剥き出しになると、象牙細管を通して冷たいものなどの刺激が直接神経に伝わってしまい、鋭い痛みとして感じられるのです。

なぜ象牙質が露出してしまうのか?主な4つの原因

では、なぜ大切な象牙質が露出してしまうのでしょうか。主な原因は以下の4つです。

歯周病による歯ぐきの後退

歯周病が進行すると、歯を支えている歯ぐきが炎症を起こし、徐々に下がっていきます(歯肉退縮)。
すると、本来は歯ぐきに覆われているはずの歯の根元部分が露出し、そこにある象牙質が剥き出しになってしまいます。

強すぎるブラッシングによる摩耗

「しっかり磨かなければ」という思いから、硬い歯ブラシでゴシゴシと力を入れて磨いていませんか?
過度なブラッシング圧は、歯の表面のエナメル質を削り取ってしまったり、歯ぐきを傷つけて後退させてしまったりする大きな原因となります。

酸による歯の侵食(酸蝕症)

虫歯菌が出す酸ではなく、飲食物に含まれる酸によって歯が溶かされてしまう状態を「酸蝕症(さんしょくしょう)」と呼びます。
近年、健康志向の高まりからお酢ドリンクを飲んだり、柑橘系の果物を多く摂ったりする方が増えていますが、これらの酸性の強い飲食物を頻繁に摂取する習慣は、エナメル質を溶かし、知覚過敏のリスクを高めます。

歯ぎしり・食いしばりによる負担

就寝中の歯ぎしりや、日中に無意識に行っている食いしばりは、歯に非常に大きな力をかけます。
この強い力が継続的に加わることで、エナメル質に細かいヒビが入ったり、削れたりして、象牙質が露出することがあります。

知覚過敏を悪化させる食事のNG習慣

ここからが本題です。日々の食事が、知覚過敏の症状をどのように悪化させてしまうのか、具体的に見ていきましょう。

【最重要】酸性度の高い飲食物は歯を溶かす

知覚過敏の対策で最も気をつけていただきたいのが、「酸」との付き合い方です。
先ほどお話しした「酸蝕症」は、現代人の食生活において非常に大きな問題となっています。歯の表面のエナメル質は、お口の中のpH(ペーハー:酸性・アルカリ性の度合いを示す数値)が5.5以下になると溶け始めると言われています。

日常にあふれる「酸」の強い飲食物

私たちが日常的に口にするものの中には、このpH5.5を大きく下回るものがたくさんあります。

  • 柑橘系の果物・ジュース: レモン、オレンジ、グレープフルーツなど
  • 炭酸飲料: コーラやサイダーなど、糖分の有無にかかわらず酸性度が高いです。
  • スポーツドリンク、栄養ドリンク: 疲労回復のイメージがありますが、酸性度が非常に高いものがほとんどです。
  • ワイン、ビール: アルコール飲料も多くは酸性です。
  • お酢、ドレッシング類: 健康に良いとされる黒酢なども、歯にとっては注意が必要です。

これらの飲食物を頻繁に、あるいは時間をかけてダラダラと摂取する習慣があると、お口の中が酸性の状態に長くさらされ、エナメル質が溶けやすい環境が続いてしまうのです。

要注意!主な食品・飲料のpH(酸性度)目安

参考までに、いくつかの食品や飲料のpHの目安を下の表にまとめました。数値が低いほど酸性が強いことを示します。

飲食物の種類pHの目安
コーラ2.2~2.6
レモン果汁1.8~2.4
ワイン3.0~4.0
スポーツドリンク3.5
オレンジジュース3.3~4.2
ビール3.8
トマト4.0~4.6
(基準)歯が溶け始める臨界pH5.5
牛乳6.8
7.0(中性)

※出典:各種歯科関連情報サイトのデータを基に作成

極端な温度差は痛みの引き金に

熱いラーメンを食べた直後に、冷たいお水をゴクゴク飲む。
こうした極端な温度差のある食事は、象牙質が露出している歯にとって大きな刺激となります。

熱いものの後に冷たいものはなぜしみる?

歯は温度変化によってわずかに膨張したり収縮したりします。
急激な温度変化が加わると、象牙細管内の液体が動き、神経を強く刺激するため、痛みを感じやすくなるのです。
知覚過敏の症状がある方は、熱すぎるもの、冷たすぎるものを少し避け、なるべく人肌に近い温度で飲食することを心がけるだけでも、不快な痛みを減らせることがあります。

硬い食べ物による物理的なダメージ

氷をガリガリと噛む癖がある方、硬いおせんべいやナッツ類が好きな方も注意が必要です。
硬い食べ物を頻繁に食べる習慣は、歯の表面に目に見えないほどの細かい傷やヒビ(マイクロクラック)を作る原因となります。
この小さなダメージが積み重なることで、エナメル質が削れ、知覚過敏につながることがあります。

知覚過敏の味方になる!食事で心がけたい5つのポイント

では、具体的にどのような食事を心がければ良いのでしょうか。症状を悪化させないだけでなく、歯を健やかに保つための5つのポイントをご紹介します。

ポイント1:酸っぱいものを摂ったら「水でうがい」を習慣に

酸性度の高いものを口にした後は、お口の中をできるだけ早く中性に戻すことが大切です。
最も手軽で効果的なのが、水やお茶で口をゆすぐこと。
これにより、歯の表面に残った酸を洗い流し、エナメル質が溶ける時間を短くすることができます。

食後すぐの歯磨きは逆効果?

「食べたらすぐ磨く」のが良いとされていますが、酸性度の高いものを食べた直後は例外です。
酸に触れた直後のエナメル質は、一時的に軟らかくなっています。
その状態で歯ブラシでゴシゴシこすると、かえってエナメル質を削り取ってしまう危険性があるのです。
酸っぱいものを食べたり飲んだりした後は、まず水でうがいをし、30分ほど時間を置いてから優しく歯を磨くのが理想的です。

ポイント2:唾液の分泌を促す「よく噛む」食事

私たちの体には、歯を守るための素晴らしい機能が備わっています。それが「唾液」です。
唾液には、お口の中を洗い流す「自浄作用」や、細菌の増殖を抑える「抗菌作用」など、多くの働きがあります。

唾液の持つ「緩衝作用」とは?

知覚過敏対策として特に注目したいのが、唾液の「緩衝作用(かんしょうさよう)」です。
これは、食事によって酸性に傾いたお口の中を、中性に戻してくれる働きのことです。
唾液の分泌を増やす最も簡単な方法は、「よく噛む」こと。
歯ごたえのある野菜や、水分の少ない乾物などを食事に取り入れ、一口30回を目安によく噛むことを意識してみましょう。

ポイント3:歯の再石灰化を助ける栄養素を摂る

唾液にはもう一つ、「再石灰化(さいせっかいか)」という大切な働きがあります。
これは、酸によって溶け出した歯のミネラル成分(カルシウムやリン)を、再び歯の表面に戻して修復する機能です。
この再石灰化をサポートする栄養素を、日々の食事から積極的に摂りましょう。

カルシウムとリン

歯の主成分であるカルシウムとリンは、再石灰化に不可欠なミネラルです。

  • カルシウムを多く含む食品: 牛乳、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品、小魚、豆腐、小松菜など
  • リンを多く含む食品: 肉類、魚、卵、ナッツ類、乳製品など

ビタミンDとビタミンA

ビタミン類も歯の健康を支える重要な役割を担っています。

  • ビタミンD: カルシウムの吸収を助ける働きがあります。きのこ類、サケやサバなどの魚類に多く含まれます。
  • ビタミンA: エナメル質の形成を助けます。にんじん、かぼちゃなどの緑黄色野菜や、うなぎなどに豊富です。

ポイント4:「ダラダラ食べ・飲み」をやめる

お口の中が酸性に傾くのは、食事中だけです。食事が終われば、唾液の働きによって30分〜1時間ほどで中性に戻ります。
しかし、甘い飲み物をデスクに置いて一日中少しずつ飲んだり、アメやガムを長時間口に入れていたりすると、お口の中が常に酸性の状態になり、再石灰化が追いつかなくなってしまいます。
間食は時間を決め、回数を減らすことを心がけましょう。

ポイント5:酸性の飲み物は「ストロー」を活用

炭酸飲料やスポーツドリンクなどを飲む際は、ストローを使うのも有効な方法です。
ストローを使うことで、飲み物が前歯の表面に直接触れるのを防ぎ、酸の影響を最小限に抑えることができます。少しの工夫ですが、ぜひ試してみてください。

食事以外にも大切!知覚過敏を改善する毎日のセルフケア

食事の改善とあわせて、毎日のセルフケアを見直すことも非常に重要です。

歯磨きの方法を見直す

力加減と歯ブラシの選び方

歯を磨く力の目安は、150g〜200g程度。歯ブラシを歯に当てたとき、毛先が広がらないくらいの優しい力です。
歯ブラシは、毛の硬さが「ふつう」か「やわらかめ」を選び、ヘッドが小さめのものが小回りがきいて磨きやすいでしょう。

知覚過敏用歯磨き粉の有効成分

市販されている知覚過敏用の歯磨き粉には、症状を緩和する薬用成分が含まれています。

  • 硝酸カリウム: 歯の神経の周りにイオンのバリアを作り、刺激が伝わるのを防ぎます。
  • 乳酸アルミニウム: 露出した象牙細管を封鎖し、刺激の侵入を防ぎます。

これらの歯磨き粉を継続して使用することで、症状の改善が期待できます。

歯ぎしり・食いしばりへの対策

日中、何かに集中している時に無意識に歯を食いしばっていることはありませんか?
「上下の歯を離す」「力を抜く」と書いた付箋をパソコンなどに貼り、意識的にリラックスする時間を作りましょう。
また、就寝中の歯ぎしりが原因の場合は、歯科医院で「ナイトガード」と呼ばれるマウスピースを作製することも有効な対策です。

それでも症状が改善しないときは?迷わず歯科医院へ

セルフケアを続けても症状が改善しない場合や、痛みが強くて日常生活に支障が出る場合は、我慢せずに歯科医院を受診してください。

歯科医院を受診するタイミング

  • 痛みが1〜2週間以上続く
  • 何もしなくてもズキズキと痛む(虫歯の可能性があります)
  • 食事をするのがつらいほどの強い痛みがある

これらの症状がある場合は、知覚過敏ではなく、虫歯や他の病気が隠れている可能性も考えられます。

歯科医院で行われる主な治療法

歯科医院では、症状の原因や程度に応じて、以下のような治療が行われます。

  • 薬剤の塗布: 露出した象牙質に、しみるのを防ぐ薬剤や高濃度のフッ素を塗布します。
  • コーティング: レジン(歯科用プラスチック)などで歯の表面をコーティングし、刺激を物理的に遮断します。
  • 歯周病の治療: 歯周病が原因の場合は、その治療を優先的に行います。
  • マウスピースの作製: 歯ぎしりが原因の場合、ナイトガードを作製します。
  • 神経を抜く治療: あらゆる治療を行っても痛みが改善しない場合の最終手段として、歯の神経を抜く処置(抜髄)を行うこともあります。

まとめ:毎日の小さな気づかいで、歯と心に安らぎを

冷たいものがしみる知覚過敏は、決して「仕方ない」とあきらめる必要のない症状です。
その原因の多くは、日々の食事や生活習慣の中に潜んでいます。

今回ご紹介したように、酸性の強い飲食物との付き合い方を見直し、歯をいたわる栄養を摂り、正しいセルフケアを続けること。
こうした毎日の小さな気づかいの積み重ねが、不快な痛みからあなたを解放し、食事の楽しみを取り戻すための大きな一歩となります。

もし痛みが続くようであれば、一人で悩まず、ぜひかかりつけの歯科医師にご相談ください。あなたの歯と心に、一日も早く安らぎが訪れることを願っています。