はじめまして。元歯科医師で、現在は医療ライターとして活動しております、三浦陽子と申します。

長い治療がようやく終わり、ほっと一息ついたのも束の間、ふとした瞬間に「また悪くなったらどうしよう」「あの辛い日々が戻ってくるのではないか」という、得体の知れない不安に心がざわつくことはありませんか。

かつて歯科医師として多くの患者さんと向き合う中で、歯の治療が終わった後も、痛みの再発や他の歯への影響を心配し、心から安らげない方をたくさん見てまいりました。治療で身体の痛みは取り除けても、心の奥底にある不安の根を取り除くことは、また別の話なのだと痛感する日々でした。

この記事では、そんな治療後の尽きない不安と、どうすれば上手に付き合っていけるのか、いわば「心の処方箋」ともいえる具体的な方法を、私の臨床経験や様々な知見を交えながら、一つひとつ丁寧にお伝えしていきたいと思います。

この文章が、あなたの心を少しでも軽くする一助となれば幸いです。

なぜ治療後に不安は消えないのか?その正体を知る

治療が終われば、すべてが元通りになる。そう期待していたのに、なぜ不安は消えないのでしょうか。まずは、その不安の正体を一緒に見つめていきましょう。

「再発への恐怖」はごく自然な感情

一度、病気や怪我で辛い経験をすると、「また同じことが起こるかもしれない」という不安を感じるのは、危険を察知して身を守るための、人間としてごく自然な心の働きです。 特に、がんのように再発の可能性がある病気を経験された方にとっては、この不安はより切実なものでしょう。

大切なのは、「不安を感じてはいけない」と自分を責めないことです。「不安に思うのは当たり前なんだ」と、まずはご自身の感情をそのまま受け止めてあげてください。

身体の些細な変化に敏感になる「症状の過剰警戒」

治療を経験すると、以前は気にも留めなかったような身体の些細な変化に、過剰に敏感になってしまうことがあります。少し頭が痛むだけで「何かの前兆では?」、お腹の調子が悪いと「再発したのでは?」と、最悪の事態を想像してしまうのです。

これは「精神交互作用」と呼ばれる心理的なメカニズムが関係していることがあります。 ある身体の感覚に不安を抱くと、その部分に注意が集中し、さらに感覚が敏感になるという悪循環です。 この状態が続くと、心身ともに疲弊してしまいます。

孤独感や社会からの孤立が不安を増幅させることも

治療中は家族や医療スタッフのサポートがありますが、治療が終わると、急に一人で病気と向き合わなければならないような孤独感に襲われることがあります。「この辛さは、他の誰にも分からない」と感じ、社会から取り残されたような気持ちが、不安をさらに大きくしてしまうのです。

不安と向き合うための心の処方箋|今日からできるセルフケア

では、この尽きない不安と、私たちはどのように向き合っていけばよいのでしょうか。ここでは、ご自身で取り組めるセルフケアの方法を4つのステップに分けてご紹介します。

ステップ1:不安を「見える化」する – ジャーナリングのすすめ

心の中にもやもやと存在する不安は、その正体が分からないからこそ、より大きく感じられるものです。そこでおすすめしたいのが、頭に浮かんだことをそのままノートに書き出す「ジャーナリング(書く瞑想)」です。

【ジャーナリングの実践例】

  • いつ、どんな時に不安を感じるか?
    • (例)夜、一人でベッドに入った時。ニュースで病気の話題を見た時。
  • 不安な時、どんな考えが頭をよぎるか?
    • (例)「またあの痛みが襲ってくるかもしれない」「家族に迷惑をかけてしまう」
  • その時、身体はどんな反応をしているか?
    • (例)心臓がドキドキする。呼吸が浅くなる。手に汗をかく。

このように、自分の感情や思考、身体の反応を客観的に書き出すことで、「自分はこういう時に不安を感じやすいんだな」と、自分の心の癖に気づくことができます。これが、不安をコントロールするための第一歩となります。

ステップ2:「今、ここ」に意識を向ける – マインドフルネス瞑想

私たちの不安は、過去の後悔や未来への心配から生まれることがほとんどです。 「あの時こうしていれば…」「これからどうなるんだろう…」といった思考のループから抜け出し、「今、この瞬間」に意識を集中させる練習が、マインドフルネスです。

多くの研究で、マインドフルネス瞑想が不安症状を和らげる効果があることが報告されています。

【初心者でも簡単な呼吸法】

  1. 椅子に座るか、楽な姿勢で横になります。
  2. 軽く目を閉じ、自分の呼吸に意識を向けます。
  3. 鼻からゆっくり息を吸い込み、お腹が膨らむのを感じます。
  4. 口からゆっくりと息を吐き出し、お腹がへこむのを感じます。
  5. 途中で他の考えが浮かんできても、「考えが浮かんだな」と気づき、またそっと呼吸に意識を戻します。

まずは1日5分からでも構いません。 続けることで、不安な気持ちに振り回されにくくなっていきます。

ステップ3:信頼できる情報を「お守り」にする

不確かな情報や誤った知識は、かえって不安を煽る原因になります。 一方で、自分の病気や治療後の経過について正しく理解することは、漠然とした不安を和らげ、具体的な対処法を考える上で助けとなります。

ただし、情報を集めすぎると「情報過多」に陥り、かえって混乱してしまうことも。信頼できる情報源をいくつか決めておき、必要な時に参照するようにしましょう。

情報源の種類具体例特徴
公的機関国立がん研究センター がん情報サービス、厚生労働省最も信頼性が高く、標準的な情報が得られる。
医療機関かかりつけの病院、大学病院のウェブサイト自身の病状に合わせた、より具体的な情報が得られる可能性がある。
学会・研究会各疾患の専門学会(例:日本癌治療学会)最新の治療法や研究に関する情報が得られる。
患者支援団体NPO法人など同じ病気を経験した人の体験談や生活の知恵が得られる。

ステップ4:小さな「できた」を積み重ねる – 行動活性化

不安な気持ちに囚われていると、何もする気が起きなくなり、家に閉じこもりがちになります。しかし、何もしないでいると、さらにネガティブな思考が頭を巡り、悪循環に陥ってしまいます。

そこで試していただきたいのが「行動活性化」という心理療法です。 難しく考える必要はありません。自分が「少しでも楽しい」「心地よい」と感じることを、生活の中に少しずつ取り入れていくのです。

【楽しい活動リストの作り方】

  • 散歩をする
  • 好きな音楽を聴く
  • 友人と電話で話す
  • ベランダで植物を育てる
  • 美味しいコーヒーを淹れる
  • 読みたかった本を読む

どんな些細なことでも構いません。「今日は散歩ができた」「今日は友人と笑い合えた」という小さな成功体験を積み重ねることが、自信を取り戻し、不安から注意をそらすきっかけになります。

一人で抱え込まないで|専門家やコミュニティの力を借りる

セルフケアを試しても、どうしても不安が拭えない時。そんな時は、どうか一人で抱え込まないでください。周りの人や専門家の力を借りることは、決して弱いことではありません。

主治医や看護師とのコミュニケーションのコツ

定期的な検診は、身体の状態を確認するだけでなく、心の不安を相談する絶好の機会です。しかし、診察の短い時間で、うまく気持ちを伝えられないこともあるでしょう。

そこでおすすめなのが、事前に「質問リスト」を準備しておくことです。

【質問リストの例文】

  • 「最近、〇〇のような症状があるのですが、これは経過として一般的なものでしょうか?」
  • 「再発のことが不安で、夜あまり眠れません。何かアドバイスはありますか?」
  • 「日常生活で、特に気をつけるべきことは何ですか?」

要点をメモにまとめておくだけで、落ち着いて話すことができ、聞き忘れも防げます。

心理の専門家(臨床心理士・公認心理師)に相談する選択肢

不安が日常生活に支障をきたすほど強い場合は、心の専門家に相談することも考えてみてください。 精神科や心療内科、病院によっては緩和ケアチームや「がん相談支援センター」などで、臨床心理士や公認心理師によるカウンセリングを受けることができます。

専門家は、認知行動療法(CBT)などの心理療法を用いて、あなたの不安がどこから来るのかを一緒に整理し、考え方の癖を修正する手助けをしてくれます。

同じ経験を持つ仲間と繋がる「ピアサポート」

同じ病気や治療を経験した「仲間(ピア)」と語り合う場は、何よりの心の支えになることがあります。 「この辛さを分かってもらえた」「悩んでいるのは自分だけじゃなかった」と感じることで、孤独感が和らぎ、前向きな気持ちを取り戻すきっかけになります。

全国には様々な患者会やサポートグループがあります。 対面での交流だけでなく、オンラインのコミュニティも増えていますので、ご自身に合った場所を探してみてはいかがでしょうか。

ご家族や周りの方ができるサポートとは

ご本人が不安と闘っている時、ご家族や周りの方も「どう接すればいいのだろう」と悩まれることでしょう。ここでは、サポートする側の方に心がけていただきたいことをお伝えします。

  • まずは「聴く」こと
    • アドバイスをしようとせず、まずは本人の不安な気持ちを、ただ静かに聴いてあげてください。「そうなんだね」「不安なんだね」と、気持ちを受け止めてもらえるだけで、ご本人の心は軽くなります。
  • 過剰な心配は逆効果にも
    • 心配するあまり、「あれはダメ」「これもダメ」と過度に制限したり、本人の一挙手一投足に気を配りすぎたりすると、かえってプレッシャーを与えてしまうことがあります。
  • 本人のペースを尊重する
    • 無理に気分転換をさせようとしたり、元気を出させようとしたりせず、本人が自分のペースで気持ちを整理できるよう、そっと見守る姿勢が大切です。

まとめ

治療後の不安は、決して特別な感情ではなく、多くの方が経験する自然な心の反応です。

この記事でお伝えした「心の処方箋」を、改めて振り返ってみましょう。

  • 不安の正体を知る: 不安は自然な感情だと受け入れる。
  • セルフケアを実践する: 不安を書き出し、マインドフルネスで「今」に集中し、信頼できる情報を得て、小さな楽しみを見つける。
  • 一人で抱え込まない: 医療者や専門家、同じ経験を持つ仲間など、頼れる存在を見つける。

陶芸で土をこね、形を整えていくように、私たちの心も、時間をかけてゆっくりと形を整えていく必要があります。焦る必要はありません。時には立ち止まっても、また少しずつ前に進めば良いのです。

不安という感情と上手に付き合いながら、あなたらしい穏やかな日々を一歩一歩、取り戻していくことを心から願っています。