「歯医者さん」と聞くだけで、胸がざわつき、体がこわばる。
そのお気持ち、12年間、歯科医師として患者さんと向き合ってきた私には痛いほど分かります。
治療の椅子の上で、不安そうに手を握りしめていた多くの方々の顔が今でも目に浮かびます。
怖いのは、決してあなただけではありません。
この記事では、元歯科医だからこそお伝えできる、その不安の正体と、少しでも心を軽くして一歩を踏み出すための「5つの心の準備」を具体的にお話しします。
大丈夫、あなたのペースで、一緒に不安を和らげていきましょう。
「歯医者さんが怖い」その気持ちの正体とは?
なぜ、私たちはこんなにも歯医者さんが怖いと感じてしまうのでしょうか。
その気持ちの奥にあるものを、まずは一緒に見つめてみましょう。
元歯科医として見てきた、患者さんの「怖い」の内訳
私が臨床現場で出会った患者さんたちが口にしていた「怖い」という言葉。
その内訳は、大きく分けると4つありました。
- 痛みへの不安:「昔の治療がすごく痛かった」「麻酔の注射が怖い」という、過去の経験に基づく痛みへの恐怖です。
- 独特の環境への恐怖:「キーン」という機械の音や、薬品の匂いがどうしても苦手、という方も多くいらっしゃいました。
- 何をされるか分からない恐怖:口の中は見えないため、「今、何をされているんだろう」という不安が恐怖に繋がります。
- 過去のトラウマ:子供の頃に無理やり押さえつけられて治療された、といった辛い経験が心に深く残っているケースです。
もし、あなたがこの中のどれかに当てはまるとしても、何もおかしなことではありません。
「実は多くの方が、あなたと同じ理由で悩んでいましたよ」と、まずはお伝えしたいのです。
その恐怖心、身体からの自然なサインです
歯医者さんに行こうとすると、心臓がドキドキしたり、手に汗をかいたりしませんか。
それは「闘争・逃走反応」といって、危険を感じた時に自分の身を守ろうとする、ごく自然な身体の反応なのです。
難しい言葉で言えば、自律神経のうち「交感神経」が活発になり、心と体を緊張状態にさせているのです。
決してあなたの気持ちが弱いからではありません。
「怖い」と感じるのは、自分を守るための大切なサインだと、まずは受け止めてあげてくださいね。
受診前にできる、不安を和らげる5つの心の準備
怖い気持ちをゼロにすることは難しいかもしれません。
でも、ほんの少しの準備で、その気持ちを和らげることはできます。
私が患者さんによくお話ししていた、5つの心の準備をご紹介します。
準備1:自分の「何が怖いのか」を言葉にする
漠然とした「怖い」という気持ちを、少しだけ具体的にしてみましょう。
小さなメモ帳で構いませんので、ご自身が怖いと感じることを書き出してみてください。
- あの「キーン」という音が苦手
- 麻酔の注射が痛いのが怖い
- 口に器具を入れられるのが息苦しい
- 昔、先生に怒られたのが嫌だった
このように言葉にすることで、自分の不安の正体が見えてきます。
何が怖いのかを自分で理解すること、それが不安と向き合うための大切な第一歩です。
準備2:「怖い」と正直に伝える練習をする
これは、とても勇気がいることかもしれませんが、効果は絶大です。
予約の電話や、初診の問診票で「歯科治療がとても怖いんです」と正直に伝えてみてください。
「お電話ありがとうございます。〇〇歯科です」
「予約をお願いしたいのですが、実は歯医者さんがすごく怖くて…。まずはお話だけでも伺えますか?」
このように伝えてもらうと、私たち医療者側は「この方は不安が強いのだな」と事前に把握できます。
そうすれば、急に治療を始めたりせず、声かけを増やしたり、休憩をこまめに挟んだりと、特別な配慮をすることが可能になります。
準備3:治療のゴールではなく「相談」を目標にする
「今日、すべて治さなきゃ」と考えると、途端にハードルが上がってしまいます。
最初の目標は「治療」ではなく、「相談に行くこと」に設定してみましょう。
「今日は先生に話を聞いてもらうだけ」
「まずはお口の中のチェックとクリーニングだけお願いしよう」
このように目標を低く設定することで、気持ちがぐっと楽になります。
多くの歯科医院では、患者さんのペースに合わせた段階的なアプローチを歓迎していますよ。
準備4:自分だけのお守り(リラックス法)を見つける
治療の椅子の上で、少しでも心が安らぐ「お守り」を用意しておくのも良い方法です。
実際に患者さんが試して効果があったものをいくつかご紹介しますね。
- 深呼吸:緊張してきたら、ゆっくり息を吸って、長く吐くことを意識する。
- お守りを握る:ハンカチや、お気に入りの小さなマスコットをぎゅっと握る。
- 好きな音楽を頭で流す:治療の音から意識をそらすために、大好きな曲を心の中で再生する。
自分に合ったリラックス法を見つけておくだけで、いざという時の安心材料になります。
準備5:治療後の「ご褒美」を決めておく
「今日の診察を乗り越えたら、帰りにあのケーキ屋さんに寄ろう」
「無事に終わったら、見たかった映画を観よう」
どんなに小さなことでも構いません。
治療という少し憂鬱なイベントの後に、楽しみな予定を入れておくのです。
この「ご褒美」が、あなたの背中をそっと押してくれる、ポジティブな力になります。
元歯科医がそっと教える「あなたに寄り添う歯医者さん」の見つけ方
心の準備ができたら、次は大切なパートナーとなる歯医者さん探しです。
内部にいたからこそ分かる、患者さんの心に寄り添ってくれる歯医者さんの見つけ方をお伝えします。
ホームページで確認したい3つの言葉
まずはインターネットで、お近くの歯科医院のホームページを見てみましょう。
以下の言葉が書かれているか、チェックしてみてください。
- カウンセリング重視:治療の前に、患者さんの話を聞く時間を大切にしている姿勢の表れです。
- 無痛治療・痛みの少ない治療:痛みへの配慮を積極的に行っている医院であることが分かります。
- 歯科恐怖症対応:あなたと同じように、治療が怖いと感じる患者さんを積極的に受け入れている証です。
これらの言葉は、医院が患者さんの「気持ち」を大切にしているかどうかの、一つの指標になります。
電話予約の際に確かめたいスタッフの対応
実際に電話をかけてみた時の、受付スタッフの対応も重要なポイントです。
先ほど練習したように、「治療が怖いのですが、相談だけでも可能ですか?」と尋ねてみてください。
その際に、あなたの不安を受け止め、優しく丁寧に対応してくれるかどうかを感じてみましょう。
受付は医院の顔です。
スタッフの対応には、その医院全体の患者さんへの姿勢が反映されていることが多いものです。
初診のカウンセリングで見極めるべきポイント
勇気を出して行ってみた初診の日。
ここで、本当に信頼できる先生かどうかを、あなたの心で感じてみてください。
- あなたの話を、目を見てじっくり聞いてくれますか?
- 治療の方法について、いくつかの選択肢を分かりやすく説明してくれますか?
- 費用や治療期間について、質問しやすい雰囲気ですか?
私が恩師から教わった「医療は人の心を診ること」という言葉を、実践している先生かどうか。
技術はもちろん大切ですが、それ以上に、あなたが安心して心を開ける相手かどうかを見極めることが何よりも重要です。
知っておくだけで安心できる、最新の「痛みを抑える治療法」
「昔の治療が痛かったから…」という不安を抱えている方にお伝えしたいことがあります。
歯科の技術は、日々進歩しています。
昔とは違う、痛みを抑えるための様々な工夫があることを知るだけでも、少し安心できるかもしれません。
麻酔の注射も痛くない?表面麻酔と極細針の工夫
麻酔の注射そのものが怖い、という方は多いですよね。
今は、注射の痛みを和らげるための工夫がたくさんあります。
- 表面麻酔:注射をする前に、歯茎に麻酔のジェルを塗ります。これだけで、針が刺さる「チクッ」とした感覚がほとんどなくなります。
- 極細の注射針:現在の注射針は、髪の毛ほどの細さのものもあります。針が細ければ細いほど、痛みは感じにくくなります。
他にも、麻酔液を体温と同じくらいに温めたり、ゆっくりと注入したりと、痛みを最小限にするための努力がされています。
不安が強い方へ。笑気麻酔や静脈内鎮静法という選択肢
どうしても不安や恐怖心が強い方には、特別な方法もあります。
- 笑気麻酔:鼻からリラックス効果のあるガスを吸い込む方法です。フワフワと心地よい気分になり、不安が和らぎます。治療が終わればすぐに元の状態に戻る、安全性の高い方法です。
- 静脈内鎮静法:点滴で鎮静剤を投与し、うたた寝をしているような深いリラックス状態で治療を受ける方法です。治療中の記憶はほとんど残りません。
これらの方法は、すべての歯科医院で行っているわけではありませんが、「こんな選択肢もあるんだ」と知っておくだけで、心の負担が軽くなるはずです。
よくある質問(FAQ)
最後に、患者さんからよくいただいた質問にお答えしますね。
Q: 子供の頃のトラウマが忘れられません。どうすればいいですか?
A: 非常に多くの方が同じ悩みを抱えています。
まずはその経験を否定せず、信頼できる歯医者さんに「過去にこういう経験があって怖いんです」と話すことから始めてみてください。
元歯科医として、そうした告白を受ける側の医療者は、より一層丁寧に、慎重に治療を進めようと考えます。
話すことが第一歩です。
Q: 治療中の「キーン」という音がどうしても苦手です。
A: あの音は多くの方が苦手ですよね。
最近では、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンで音楽を聴きながら治療を受けられる医院もあります。
予約時に相談してみるか、ご自身の耳栓やイヤホンを持参して良いか尋ねてみるのも一つの方法です。
Q: 歯がボロボロで、見せるのが恥ずかしいです…
A: そのお気持ち、よく分かります。
しかし、私たち歯科医師は毎日多くの方のお口の中を拝見しており、どんな状態でも「治す」ことしか考えていません。
むしろ、勇気を出して来てくださったことに敬意を感じます。
恥ずかしさよりも、これから健康を取り戻すことに目を向けてみましょう。
Q: 治療中に痛みを感じたら、我慢すべきですか?
A: 絶対に我慢しないでください。
「痛かったら左手を上げてください」など、事前に合図を決めておくことが大切です。
元歯科医として断言しますが、患者さんが痛みを感じながら治療を進めることは、私たちにとっても本意ではありません。
遠慮なくサインを送ってください。
まとめ
「歯医者さんが怖い」という気持ちは、決して特別なことでも、恥ずかしいことでもありません。
それは、ご自身の心と体を守ろうとする大切なサインです。
元歯科医として12年間、私が最も大切にしてきたのは、患者さんのその声に耳を傾けることでした。
今回お伝えしたことが、あなたの重荷を少しでも軽くし、勇気ある一歩を踏み出すきっかけになればと心から願っています。
- 怖いのは、あなたを守るための自然な反応です。
- 5つの心の準備で、不安を少しだけ和らげることができます。
- あなたに寄り添ってくれる歯医者さんは、必ずいます。
- 最新の治療は、痛みを最小限にする工夫に溢れています。
- どんな状態でも、勇気を出したあなたを責める歯医者さんはいません。
まずは「相談だけ」でも大丈夫。
あなたの心に寄り添ってくれる歯医者さんは、きっと見つかります。
あなたの歯と心が、健やかであることを祈っています。